アニメを化学しようvol.1「錬金術から物質量の計算」

2022.11.12

皆さんこんにちは。アニメ大好きむらさきのリスです。

個人的な話から始めてしまい申し訳ないのですが、最近、肺に穴が開きました。なかなかのパワーワードですよね、「肺に穴が開く」。実は人生で3回目です。これは肺気胸と呼ばれる病気で、肋骨の間が狭い人はよくなってしまうそうです。特にこの季節の変わり目、寒くなって空気が乾燥してくるとなりやすいそう。

この病気は薬や治療法があるわけではなく、ただ安静にしていれば自然に治るとのことで、お休みをいただいて数日間家で安静にしていたのですが、特にやることもなかったので、以前からずっと読んでみたかった「鋼の錬金術師」の漫画を、ついに一気読みしました。もう、一言でいうと、本当におもしろかった……! 荒川弘先生は天才ですね。新作も気になっちゃいます。ダークファンタジーに分類されるのでしょうか、それでも胸が熱くなるようなお話でした。たくさんの人に読んでもらいたいので、簡単にあらすじを書いてもいいですか? ……と断っておいて。

 

エドワードとその弟アルフォンスは、幼き日に亡くなった母親を思うあまり、死んだ人間を蘇らせるという錬金術最大の禁忌、人体錬成を行ってしまう。しかし錬成は失敗し、エドワードは左足を、アルフォンスは体全てを失う。己の右腕と引き換えに、かろうじて弟の魂を錬成し、鎧に定着させることに成功したが、その代償はあまりにも大きすぎるものであった。エドワードはアルフォンスと共に、失った全てを取り戻すため、絶大な力を持つ「賢者の石」を探す旅に出る。

右腕と左足を鋼の義肢「機械鎧(オートメイル)」に変えた彼を、人は「鋼の錬金術師」と呼ぶ――。

https://www.hagaren.jp/

 

いや、あらすじを書くためにHP拝見している今もページをめくる手が止まらないあのドキドキが思い出されます、もう一度読みたいと思いつつ、鋼の錬金術師のあらすじはこのくらいにして話を続けます。

さて、あらかた順調になって、学校へ復帰したとき、同僚にこう言われました。

「仕事のしすぎで肺持ってかれたの?」

読みたてほやほや、ハガレントークがしたくてたまらないわたし、すかさず言いました。

「人体錬成した代償です」

ただの雑談でしたが、自分が発したこの言葉に、ふと思いました。もしも本当に自分の内臓を代償に人体錬成をしていたら、どんな人体が錬成できていたんだろう……というか、そもそも人体ってどのくらいの定義なんだろう、と。

これでも理科の教員、気になったら止まらない。もう一度家に帰って漫画を読み返しました。すると、鋼の錬金術師の初めのほうで、主人公のエドワードが大人一人分の構成成分を列挙していました。

“水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、

フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素” (出典:荒川弘,鋼の錬金術師)

 

すごいのが、これを言った後エドワードはこう言います。

“ちなみにこの成分材料な、市場に行けば子供の小遣いでも全部買えちまうぞ。

人間てのはお安くできてんのな”(出典:荒川弘,鋼の錬金術師)

 

本当に…? 疑問に思ったら調べることがモットーの理科教員、すぐに調べました。すると、まぁ出てくる出てくる、この言葉が本当か検証している記事がたっくさん!!

いくらかかるか…はもうすでに誰かがやっていました。それじゃあ毒性のあるアンモニア多すぎ問題はどうだ!? と思ったのですが、これもすでに二番煎じでした。

えー、でもわたしも理系のハガレンファン(ニワカだけど)として何かやりたい……! じゃあどうする、と考えた結果がこちら。

『大人の材料の物質量を求めてみよう!』

ちょうど高校1年生が物質量の計算をやっています。これを使って、エドワードが言った「大人」を構成する原子の物質量を求めてみたらいいのでは!? これならきっと誰もやってないだろう! ということで早速まいります。

 

▶ 人体錬成に必要な材料を物質量に直そう!

エドのセリフにある物質はそれぞれ単位が異なります。まずはこれを全部同じ単位にそろえましょう。そろえることでどれがどのくらい必要なのか比較が可能になります。

ここで登場するのが「物質量[mol]」です。

条件として

原子量はH=1.0、C=12、N=14、O=16、F=19、Si=28、P=31、S=32、Fe=56とします。また、計算過程をわかりやすくするために有効数字は二桁にそろえます。

・水35L

これはおそらく液体でしょうから、水の密度を 1.0g/cm3 とすると35Lの質量は35000gとなります。質量から物質量に直すためにはモル質量で割ればいいので、35000g÷18g/mol=1940mol=1.9×103mol

・炭素20kg

20000g÷12g/mol=1.7×103mol

・アンモニア4L

これが曲者でした。エドは作中でアンモニア、としか言ってないんです。なので、まず市販されているアンモニアは水溶液なのかそれとも気体なのかを調べてみました。すると、「水酸化アンモニウム」というものが見つかりました。これはアンモニア水のことを指すそうです。

エドが本当にこれを示してアンモニアと言ったのかは定かではないですが、いったんほとんど飽和状態の32%のアンモニア水で計算してみます。

密度は0.88g/cm3なので、質量は4000mL×0.88g/cm3=3520g。念のため、この値が正しいか検証します。32 %なので3520g×0.32=1126g、うーん、成人男性(ふつう窒素2.0㎏)にしては窒素含有量がちょっと少ない気もしますが、いったんおいておきましょう。他にも窒素が含まれているものに硝石などがあるのでそちらを計算してからまた考えるということで。

アンモニアのモル質量は17g/molなので1126g÷17g/mol=66.23mol=66mol

・石灰1.5㎏

普段石灰と言えば酸化カルシウムCaOのことです。つまり、1500g÷56g/mol=26.8mol=27mol

・リン800g

800g÷31g/mol=25.8mol=26mol

・塩分250g

これは塩化ナトリウムNaClのことでしょうか。そうだと仮定すると、250g÷58.5g/mol=4.3mol

・硝石100g

こちらは硝酸カリウムKNO3のことのようです。100g÷101g/mol=0.99mol

・イオウ80g

80g÷32g/mol=30.6mol=31mol

・フッ素7.5g

7.5g÷19g/mol=0.39mol

・鉄5g

5g÷56g/mol=0.089mol

・ケイ素3g

3g÷28g/mol=0.107mol=0.11mol

微量元素は微量なのでここでは無視します。

 

あらかた求まりました。それぞれの値を比べてみると、うーん、やっぱり人間っていうのはHとOとCが構成元素のほとんどを占めているんだなということが一目瞭然です。普通に化学の授業をしていても、10の何乗molなんてなかなか出てこないです。

 

最後に補足で、アンモニアの検証をしてみたいと思います。

硝石が0.99molなのでNも0.99molです。これを質量に直すと0.99mol×14g/mol=13.86g、これに先ほどの水酸化アンモニウム中の窒素Nの質量を足してみます。すると、66mol×14g/mol=927g、足しても941gです。これはちょっと…かなり少ないですね。できてもタンパク質が足りない人間が出来上がってしまいます。

ということは、アンモニア水の濃度がもっと大きいということなのでしょうか…エドたちがいる世界ではアンモニア水がもっと高い温度のものなのかもしれません。

ちょっと気になったのでむしろ逆算することにします。人間の体に含まれる窒素原子Nは50㎏あたりおおよそ2.0㎏ということなので、これを基準にしてみます。硝石の分をぬくと1986.14gの窒素が必要です。

1986.14g÷14g/mol=142mol 142molのアンモニアが必要なのでこれを質量に直して、142mol×17g/mol=2412g

アンモニア水4Lに2412gアンモニアが溶けている状態です。未知数が多いのでこれ以上の計算はできませんが、調べていけばもしかしたら、鋼の錬金術師の世界のアンモニア水について勉強できるかもしれません。

 

 

というわけで!

これでエドのセリフに出てきた物質の物質量を求め終わりました。求めてみての感想は、「いや~、面白い!」の一言です。求める前は正直、この記事を書くためにやっていました。でも、一見意味のないことに見えてもやってみると感覚は違うものですね。今では他のセリフから、また化学のことを考えていきたいと思ったりもします。

やっぱり身近なものが求められるようになると、漫画やアニメなどフィクションの世界でも、ぐっと近づく気がします。

「鋼の錬金術師」——この作品の根幹に据えられている世界観は、間違いなく「錬金術」ありきだと思います。錬金術といえば、この世界でも、紀元前から16世紀頃まで行われていました。有名なものはやはり、錬金術の由来にもなった金の生成でしょうか。ほかにも不老不死の薬やすべての病気に効くとされる薬の生成など、たくさんの錬金術師が錬金術を試みてきました。

富、名声、永遠の命——人間の欲望というのは恐ろしいものです。それでも、これらの欲望があったからこそ、人類史における科学技術の発展はなされてきたのかもしれない、とも思います。実際に錬金術の過程で生み出された技術、薬品、その他さまざまなものの恩恵を、今現代を生きるわたしたちは受けています。

飽くなき欲望への挑戦——それこそが、我々人類の「錬金術」なのかもしれませんね。

探究していくその姿、それはもしかしたら今日のSTEAMにつながっているのかも。

 

 

それでは、おあとがよろしいようで。

 

 

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Writerむらさきのリス

歴史好きの理科教員。三度の飯よりアニメが好き。THEインドア。アニメを見ているかマンガを読んでいるかKPOPを聴いています。